紫雲山「清龍院」は、天保年間(1830~1843)開山覚源峰了権大僧都(当時、僧都昭和36年11月開山100年忌より)により雪深き越後の国、魚沼郷大巻の村四十日(現在南魚沼市四十日927-1)に天保13年院号ならびに僧都の位を賜り創立開山致しました。
「清龍院」の院号は、建久年間(1190~1198)時の将軍、源頼朝公が富士の巻狩りを行った時のこと、越後の国魚沼からも多数の人足や山伏を招請、その中に四十日村(志戸賀)より「清龍坊(成龍坊)」という山伏一名と「主膳」一名、「主水」一名の人足が遠く富士山まで出立していることが、古文書に明記してあり、この「清龍坊」は当村西村の寶積寺(現在廃寺)の寺号か住職の法名ではないかと思われるが、この名誉ある名前を以って開山覚源峰了権大僧都が「清龍院」と付けられたと言い伝えられております。また、山号「紫雲山」は五世大僧正良元法印により名づけられました。
現在、明治の法難(廃仏毀釈・神仏分離令・修験道廃止令)を乗り越え法脈を嫡々と受け継いでいます。
合掌
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